2020年一橋大学、日本史論述問題の解答例

今年は、新型コロナの騒動で少し遅くなりましたが、解答をアップします。

今年も期待を裏切らず、過去問が参考になる問題が多かったでしょう。過去問をしっかりやっていた受験生は、取り組みやすかったと思います。

一橋大の日本史15カ年』は、今年発売される第4版から「20カ年」になります。一橋大を受験するなら、しっかり過去問を解いてください!

2020年 一橋大 論述問題の解答例

第1問

1川崎宿の名主である田中丘隅が徳川吉宗に提出した意見書で、租税や宿駅に関することなど民政上の問題点を指摘した。2宿駅の問屋場では一定数の人足と馬を常駐していた。人足や馬は宿駅の町人・百姓や近隣の村々が伝馬役として負担しており、宿役人がその差配や荷物の継ぎ送りなどにあたった。3近江商人。4中世の巡礼は、四国八十八ヶ所など僧侶や修験者の厳しい修行として行われることが多かったが、公家や武士、庶民までが信仰に基づいて巡礼を行った。近世になると、信仰を背景にしつつも、娯楽の要素を含む、巡礼が広く行われるようになった。5娯楽としての旅は江戸時代後期以降、盛んになった。三都の繁栄により、全国流通網が発展して商人の活動が盛んになるなど交通網の整備が進み、一方で経済の発達により、庶民の生活も豊かになった。そのなかで、各地に名所が生まれ、錦絵の風景画や名所図会で紹介されることにより人々の旅への関心が高まった。(400字)

第2問

1徳冨蘆花。2一世一元の制。天皇一代の元号を一つに定めた制度。3明治天皇が践祚した当初、天皇は政治を将軍に委任し、将軍が政治的な権限を握っていた。しかし、徳川慶喜が大政奉還の上表を提出して政権を天皇に返上し、続いて討幕派が武力を背景として王政復古の大号令を発し、天皇が政治の中心となる新政府の樹立を宣言した。さらに新政府が五箇条の誓文で天皇親政を強調することで、天皇が政治を主導する存在となった。4政府が天皇の権威を利用して国民統合をはかる一方、そのもとで国民は国家目標の達成を実感した。大日本帝国憲法は欽定憲法であったにもかかわらず、国民は憲法制定を歓迎した。その直後に発布された教育に関する勅語は忠君愛国を教育理念として国体論を国民に浸透させた。その一方で国家主義の風潮が強まるなか、天皇を大元帥として日清戦争・日露戦争に勝利し、日露戦争後には政府が皇室の尊重などを国民に求める戊申詔書を発した。(400字)

第3問

1衆議院は公選議員で構成されていたが、貴族院は皇族・華族と勅任議員で構成されていた。また、衆議院には予算の先議権があった。2議会には予算制定権と立法権が与えられた。3国家総動員法。戦時に必要な物資や労働力を、議会の承認なく発令される勅令で動員できるようになったため、議会における立法権が形骸化した。4日中戦争が長期化するなか、近衛文麿が先頭に立ち、国民の戦争協力への動員をめざし、大衆組織を基盤に国民を一元的に指導する政党を結成するため、新体制運動を始めた。それにより既成政党は解散し、軍部が協力して第2次近衛内閣を成立させた結果、大政翼賛会が結成された。この組織は国民統合するための官製の上意下達機関の役割を果たした。5東条英機内閣のもとで総選挙が行われたが、政党間で多数の議席をめぐって争う選挙ではなく、政府が支援する推薦候補者と非推薦候補者が争う選挙となり、政府の推薦候補が絶対多数を獲得した。(400字)